日本の経験

<日本におけるNTDの防圧>

日本がかつてフィラリア症や住血吸虫症の深刻な流行国であり、戦前から戦後にかけて研究者と行政と住民の努力によりこれらを防圧したという事実は、一般的にあまり知られてはいません。フィラリア症は、古くは平安時代からその存在が記録に描かれていますが、国内最初の本格的な浸淫調査が行われたのは1912年になってからでした。その結果、八丈小島、南西諸島(沖縄、奄美)と 九州南西部で濃厚な流行が確認されました。1950年代からは東京大学、鹿児島大学、長崎大学を中心に臨床病理、血液検査法、抗フィラリア薬ジエチルカルバマジン (DEC)の投与法と副作用対策、媒介蚊対策についての研究が行われました。その成果をもとに国家主導のフィラリア防圧事業が始まり、約30年でリンパ系フィラリア症の根絶に至ります1。住血吸虫症は、主に山梨県甲府盆地、広島県片山地方、福岡県筑後川流域に流行が見られ風土病として恐れられていました。日本住血吸虫の発見が1904年、中間宿主(宮入貝)の発見が1913年で、どちらも日本人による研究成果でした。伝播経路の発見により防圧対策として中間宿主対策が取られるとともに、糞便処理と治療、保虫動物対策も積極的に行われました。この結果、1980年代には各地で流行の終息が確認されました。