肝蛭(かんてつ)症は、食物媒介吸虫類感染症のひとつとしてNTDsに分類されています。汚染された食物を摂取することで吸虫に感染し、肝臓や肺、腸などが侵されます。以下は、国内で発生した肝蛭症患者さんの主治医の先生の経験をまとめたものです。聞き取りは2021年12月末に行いました。
"Fasciola hepatica" by Flukeman is licensed under CC BY-SA 3.0
私(主治医)が最初に肝蛭症の患者さんを診たのは2019年でした。2か月くらい前から発熱や腹痛が続き、近医を受診しても診断がつかないままでした。血液検査とCT検査で、肝臓の寄生虫感染を示す所見があったので、回虫を疑いアルベンダゾールという治療薬を投与しました。この時、専門機関へ精密検査を依頼しましたが、確定診断には至りませんでした。その後、別病院に紹介となり、そこで画像診断により肝蛭症という診断に至りました。
肝蛭症の治療薬であるトリクラベンダゾールは日本では未承認薬のため、研究ベースで薬を取り寄せる必要があります。しかし、この薬を使用できるのは、事前の審査を受け、研究に参加する病院に限られます。私が勤務する病院はこの審査を受けておらず、薬を使うことができませんでした。そこで、隣県の病院を紹介していただき、患者さんはそこで治療を受けることになりました。
患者さんが初めて病院を受診してから、治療を受けるまで、およそ2か月の時間がかかったのではないかと思います。症状が出てから治療開始まで4か月ほどかかっているわけです。私にとって初めての肝蛭症患者だったので、いろいろと手間取ることもありました。患者さんは、診断がつくまでは何の病気かわからないという不安が大きかったでしょう。ペットに由来する病気かもしれないということで、ペットの処分も検討されたそうで、心理的な負担は相当なものだったと思います。
この経験をもとに、私が勤務する病院も未承認薬使用の承認を得るなど体制を整えることができました。これで、患者さんが他県まで行く負担を減らすことができると思います。しかし、こういったまれな病気を診る場合は、さまざまな書類の提出が必要となり、医療者側にも負担がかかります。また、未承認薬の費用をだれが負担するかについては、状況により対応が分かれているようです。あるケースでは、病院が治療薬の費用を負担してくれたと聞いていますが、別のケースでは自費で治療薬を取り寄せた患者さんもいます。同じ病気の治療でも患者さんの金銭的負担に差が出ていることは問題だと思います。まれとはいえ、日本でも多い年で年間十件程度の症例がでている感染症ですから、患者さんが金銭的・心理的不安なしに治療を受けられるような体制を整えることが必要だと思います。